内装手づくりの移動販売車「ケロケロ」.その1

こんなはずじゃなかったなあ~と悶々する日々のなかで、お金やローンに縛られる生活をしたくなかった私は、暇さえあれば、自分で家を建てられる方法を検索していました。(笑)
そんな時、「非電化工房」に出会いました。
http://www.hidenka.net/indexj.htm

ここでは、DIYを奨励するばかりでなく、ローカルアントプレナーの養成も目的としていました。「ローカルアントプレナー」とは、ローカルと、ソーシャルアントプレナーの造語で、「地方で起業して世の中をよくしていこうとする人」のことを指します。
養成講座は「地方で仕事を創る塾」と呼ばれ、現在24期生を募集しています。
私は、そこの1期生です。そこでの時間は、本当に有意義でした。

もし、そこにビジネスモデルがあったとして、やらない理由は何か?他人に見られて恥ずかしい?じゃあ、誰も知人がいない場所でやればいい。
お金?お金を使わないで済む方法を死ぬほど考えればいいじゃない?
リスクがないビジネスモデルなら、やらなきゃ損だよね。何でやらないの?…。
今じゃ普通に思えるこの会話も、会社でしか仕事をしていなかった私にとって、とても響く言葉だったことを覚えています。コーヒーは、簡単な焙煎器があれば、専門家でなくても自分で煎ることができる、と教わっていました。
まだ塾に在籍していましたが、知人が売り先を探していたフィリピンの有機栽培のコーヒー豆を買い、「500円で作った焙煎器」で、「素人が煎ったコーヒー」は売れるのか・・。地元の祭りに出店して試してみました。結果は、心配していたことは起こらず、お客様に喜んでもらえました。

1年~2年くらいでしょうか…休日、たまに手焙煎のコーヒー屋さんとして出店を楽しんでいました。そんな中で、子供が不当に働かされた豆かもしれない、貧しい農家をタダ同然に買いたたいた豆かもしれない、コーヒーをただ何となく毎日何人も、何杯も飲まれていることに気づき、前述したとおり移動販売をすることにしました。
地方で仕事を始めるいくつかのお約束
「小さく始める」
「借金をしない」
を守りたかったので、人力屋台でやろうと思いました。
テレビでよくみるラーメンとかおでん屋台みたいなやつです(笑)。

でも残念ながら、新潟の保健所はそれを許可してくれませんでした。
人力がダメなら、原付ならいいんじゃない?!と思うでしょ?
それもダメだそうですよ。とにかくダメなんだそうです(笑)。
軽トラの荷台に付けている幌でもダメでした。
なので、結局バンタイプの中古車を見つけて改造するしかありませんでした。
どんな店にするか移動販売車の画像を検索しまくって(笑)イメージ作り。
こんなのもあるんだなーとか、とっても楽しかったです。
何枚見たかわからなくらい見ましたが1枚コレ!というのを見つけたので、そのイメージ通りになるように設計をはじめました。ここまでの時間が一番かかったと思います。2か月くらいあったと思います。


イメージに合うような棚を探しに古道具屋にも行きました。巻き尺を持って、1竿1竿寸法を測って車に入る棚を探しまくりました。
移動販売の営業許可申請に必要な給水、排水タンクは、ネットで買いました。
流しは2つ設置しなければならないのですが、1つは、廃車になるキャンピングカーからいただき、1つは自作しました。

冷蔵庫は、一人暮らし用の冷蔵庫をリサイクルショップで買いました。
作業台や流しは、水をはじく素材でないと許可が下りないので、タイル張りにしました。
格安のタイルをネットで見つけ、ホームセンターで買った合板を流し台と作業台に工作して、表面にタイルを貼りました。
一番苦労したのは、運転席と調理室の仕切りで、大工さんのアドバイスをもらいながら、主人が手伝ってくれました。
そんなこんなで出費はかさみましたが、退職金が少し出ましたので、それで借金することなく全て買うことができました。
車体も含め50万円でたっぷりお釣りが来ました。

イメージ作りや、設計は時間がかかりましたが、それが決まってしまえば、実際の改造には1週間くらいしかかかってなかったと思います。毎日家の前で作業していたのですが、下校途中の小学生がおしゃべりに来たりして面白かった覚えがあります。
「わー今日はココが変わったね!スゴーイ」とか「この車、黄緑色でかえるみたいだね!ここに目を書けばかわいいよー」とか(笑)。
当初、自分で作る「自給」と、地球全体のことを考える人から「地球」を合わせて「ぢきゅう人」という店名にしようと考えていました。友人に相談したところ、「キャッチ―じゃねーなー。(笑)」の一言。

なるほど…妙に納得してしまい。(笑)寄り道しに来た小学生も言っていたカエルに見立てて「ケロケロ」に名前を変えました。
こうして移動販売車「ケロケロ」は誕生したのですが、今ではすっかりケロの愛称は、これ以外になかったと思うほど色々な人に知っていただくことになりました。
あの時…我を張らないでヨカッタ!そう思っています。(笑)

その2につづく…。
田村香

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